相続のご相談をお受けしていると、「うちの家族は仲がいいので、揉めることはないと思います」という言葉をよく耳にします。実際、多くのご家族は本当に仲が良く、争うつもりなど誰も持っていません。
しかし、司法書士としてこれまで多くの相続の現場を見てきた立場からお伝えすると、この「仲がいいから大丈夫」という油断こそが、後々のトラブルの火種になってしまうケースが少なくありません。今回は、その理由を具体的に解説します。
理由1:「争族」は仲の悪い家族だけに起きるわけではない
相続トラブルというと、もともと仲の悪い家族に起きるものというイメージがあるかもしれません。しかし実際には、普段は良好な関係だった家族が、相続をきっかけに関係が悪化してしまうケースが数多くあります。
これは、相続という場面が「お金」「不動産」「これまでの貢献度」「親の介護をどれだけ担ったか」など、普段の生活では表面化しにくい感情や不公平感が一気に噴き出しやすい特殊な状況だからです。仲が良かったからこそ、それまで我慢したり口に出さなかったりしたことが、相続の場で初めて表面化することもあります。
理由2:「話し合えば分かる」は、財産の分け方には通用しないことがある
家族仲が良いご家庭ほど、「何かあれば、その都度話し合えばいい」と考える傾向があります。しかし、不動産や預貯金といった財産は、話し合いだけでは物理的に等分できないという性質があります。
たとえば、実家の不動産が財産の大部分を占めている場合、これを複数の相続人で分けようとすると、
- 誰か一人が住み続け、他の相続人には代わりに金銭を渡す(代償分割)
- 売却して現金化し、分ける(換価分割)
- そのまま共有名義にする
といった選択を迫られます。それぞれにメリット・デメリットがあり、「仲がいいから」というだけでは解決しない、現実的な資金や権利の問題が伴います。
理由3:配偶者や子の世代を巻き込むと、話が変わることがある
相続人本人たちは仲が良くても、それぞれの配偶者が話し合いに関わってくると、状況が変わることがあります。「うちの夫(妻)が納得しない」「子どもの学費もかかるので、少しでも多く欲しい」といった、相続人本人以外の事情が間接的に影響してくるケースは珍しくありません。
本人同士は「別にどちらでもいい」と思っていても、その背後にいる家族の意向によって、当初の関係性では想定していなかった対立が生まれることがあります。
理由4:「言った・言わない」のトラブルになりやすい
口約束だけで遺産の分け方を決めてしまうと、後になって「そんなことは言っていない」「そういう意味ではなかった」という認識の食い違いが起きることがあります。特に、相続手続きは戸籍の収集や財産調査などで時間がかかることが多く、その間に状況や気持ちが変化することもあります。
遺産分割協議書のように、内容を書面化し、全員の実印で残しておくことは、単なる形式的な手続きではなく、「言った・言わない」のトラブルを防ぎ、後から見返せる記録として機能する重要な役割を持っています。
理由5:相続税や登記の期限は、家族の仲とは無関係に進む
相続税の申告期限(原則として相続開始から10ヶ月以内)や、相続登記の申請義務(不動産取得を知った日から3年以内)など、相続には法律で定められた期限があります。これらは、家族が円満に話し合えているかどうかとは関係なく、淡々と進んでいきます。
「そのうち話し合えばいい」と先延ばしにしているうちに期限が迫り、十分な検討ができないまま慌てて手続きを進めることになってしまうケースもあります。
理由6:「財産が少ないから大丈夫」も同じ油断
「うちは仲がいいから」と並んでよく聞くのが、「うちはそんなに財産がないから、揉めるようなことはない」という言葉です。しかし、これも実は同じ落とし穴を持っています。
実際に、家庭裁判所の遺産分割事件のデータを見ても、争いになっているケースの多くは、決して莫大な資産を持つ家庭に限られていません。財産の中心が自宅の土地建物と、多少の預貯金だけ、というごく一般的なご家庭でも、相続トラブルは数多く起きています。
その理由はいくつか考えられます。
- 不動産は「分けにくい」財産である:財産総額が小さくても、その大部分が自宅などの不動産である場合、現金のように均等に分けることができません。「誰が住み続けるか」「他の相続人にどう代償するか」という難しい調整が必要になります
- 財産が少ないほど、取り分の差が心理的に大きく感じられる:数千万円、数億円単位の財産であれば多少の差は気にならなくても、財産総額が数百万円程度の場合、わずかな差が「不公平だ」という感情につながりやすい面があります
- 少額だからこそ、専門家に相談せず自己判断で進めてしまう:「大した財産でもないのに、わざわざ相談するほどでもない」と考え、書面を残さず口約束で済ませてしまい、後になって認識の違いが表面化することがあります
つまり、「財産が多いか少ないか」は、相続トラブルが起きるかどうかを決める唯一の要因ではありません。財産の”種類”(分けやすいかどうか)や、相続人同士の受け止め方のほうが、実際には大きく影響することがあるのです。
「仲がいい家族」ほど、備えておく価値がある
ここまでお伝えした内容は、決して「あなたの家族を疑ってください」という意味ではありません。むしろ逆で、今良好な関係にあるからこそ、その関係を将来も守るために、あらかじめ備えておく価値があるというのが、私たちがお伝えしたいことです。
具体的には、次のような備えが有効です。
- 早い段階で、家族の財産状況をおおまかに共有しておく
- 遺言書を作成し、被相続人の意思をあらかじめ明確にしておく
- 遺産分割の話し合いは、書面(遺産分割協議書)にきちんと残す
- 判断に迷う点があれば、感情的な話し合いになる前に専門家に相談する
「仲がいいから何もしなくて大丈夫」ではなく、「仲がいい今のうちに、きちんと備えておく」という発想の転換が、将来のご家族を守ることにつながります。
まとめ
- 相続トラブルは、もともと仲の悪い家族だけに起きるものではない
- 財産の分け方には、話し合いだけでは解決しない現実的な制約がある
- 配偶者など周囲の関与によって、状況が変わることがある
- 口約束だけでは「言った・言わない」のトラブルになりやすい
- 「財産が少ないから大丈夫」も同様の油断であり、財産額の多さと争いの起きやすさは必ずしも比例しない
- 相続税や登記の期限は、家族の関係性とは無関係に進行する
「うちは大丈夫」と思っている今だからこそ、一度専門家に相談し、備えを整えてみてはいかがでしょうか。


